明後日の方向へキックオフ―コミュニケーションの誤謬

事は、NFL 2015 week 16 NE-NYJにおけるオーバータイム開始前のコイントスである。
4Qに同点に追いついたペイトリオッツは、コイントスに勝利してOTの開始方法を決めることになった。一般的にOTでは先に点を取ることが優位とされているため、コイントスの勝利チームはキックオフのレシーブ権を選択することが多い。しかし紆余曲折の結果、OTはジェッツのレシーブにより開始された。一体何が起きたのか?

まずは長くなるが、NFL2015シーズンのルールの文章を誤解がないよう丸々引用しておく。

Rule 4. Game Timing
SECTION 2 - STARTING A PERIOD OR HALF
ARTICLE 2. TOSS OF COIN
Not more than three minutes before the kickoff of the first half, the Referee, in the presence of both team’s captains (limit of six per team, active, inactive or honorary) shall toss a coin at the center of the field. Prior to the Referee’s toss, the call of “heads” or “tails” must be made by the captain of the visiting team, or by the captain designated by the Referee if there is no home team. Unless the winner of the toss defers his choice to the second half, he must choose one of two privileges, and the loser is given the other. The two privileges are:

a. The opportunity to receive the kickoff, or to kick off
b. The choice of goal his team will defend.

Penalty: For failure to comply: Loss of coin-toss option for both halves and overtime, and loss of 15 yards from the spot of the kickoff for the first half only.

For the second half, the captain who lost the pregame toss is to have the first choice of the two privileges listed in (a) or (b), unless one of the teams lost its first and second half options, or unless the winner of the pregame toss deferred his choice to the second half, in which case he must choose (a) or (b) above. Immediately prior to the start of the second half, the captains of both teams must inform the Referee of their respective choices.

A captain’s first choice from any alternative privileges listed above is final and not subject to change.

Rule 16. Overtime Procedures
SECTION 1 - OVERTIME PROCEDURES
ARTICLE 2. END OF REGULATION
At the end of regulation playing time, the Referee shall immediately toss a coin at the center of the field, in accordance with rules pertaining to a usual pregame toss (4-2-2). The visiting team captain is to again call the toss.

 

OT開始前にはゲーム開始前と同様のコイントスを行う。OTにおけるコイントスの勝者は、

  • a キックオフをレシーブするか、キックオフするかの機会
  • b どちらのゴールを守るかの選択

のaかbかの2つのどちらかを選ぶことができる。前述のように、OTでは先に点が欲しいのでaを選んだ上でレシーブを選択することが多い。よほどの強風でフィールドゴールが難しいと判断した場合、bにより風上のゴールを守るという選択をすることも可能である。

オンサイドキックを行えばキックオフ側が攻撃権を得ることも不可能ではないので、便宜上キックオフを行うという選択肢も残されてはいるが、オンサイドキックの成功率はレシーブと比較して極めて低いため合理的な選択とは成り得ない。したがって、事実上

  • A キックオフをレシーブする機会
  • B 守りやすいゴールを選択する権利

のどちらかが選ばれることになる。

ここで注意したいのは、ルール上の選択肢は 1)レシーブ権 2)キックオフ権 3)エンド選択権 の3つではない。レシーブしない方のチームは自動的にキックオフを行う。

ここで実際のコイントス後の会話音声を聞いてみよう。ただし括弧内は勝手な憶測である。

レフェリー(あのベリチックだから普通にレシーブしないかもな)
ペイトリオッツ(ベリチックの指示だからレシーブはしない。じゃあ守りたい方を背にして、と)
レフェリー「どうする? 蹴りたいか?」
ペイトリオッツ「あっちへ蹴りたい」
レフェリー「はい、ジェッツはレシーブだね。あとジェッツはエンドも選んでね」
ペイトリオッツ「は? 勝ったからエンド選ぶっつってんだけど?」
レフェリー「蹴るって言ったじゃん。あと取り消しきかないから」

何が起きたのか?

おそらくペイトリオッツの意図は選択肢bにより守りたいエンドを表明したかったのだろう。すると守りたいエンドと反対方向にキックオフを行うことになる。ここでルール上指差すべきは守りたいエンドであり、蹴る方向ではないのだ。

これを聞いたレフェリーは「蹴りたい」だけを解釈して選択肢aのキックオフ権をペイトリオッツに与えた。ジェッツは残った選択肢bのエンド選択権と、キックオフを受ける側としてレシーブ権も自動的にせしめたのだ。


この件に関する日本語での報道内容は、事実を的確に伝えられていただろうか?

OTの攻撃権を決めるコイントスではペイトリオッツが決定権を得たものの、ジェッツにレシーブを与えて試合再開となる。
http://www.nfljapan.com/headlines/72772.html

NFL JAPANの報道は事実と反する表現や無闇な憶測は入っていない。当初の意図や予期せぬ結果とは関係なく、結果的にペイトリオッツがジェッツにレシーブを与えたのは事実である。

コイントスに勝ったのはペイトリオッツだが、ビル・ベリチック監督(63)はキックオフを選択するように選手に指示して“後攻”に回った。
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2015/12/28/kiji/K20151228011765840.html

一方スポニチの報道では、ベリチックHCが選手に指示したのはa.によるキックオフを選択する権利であると読める表現になっている。前述のように、エンドを選択した結果としてキックオフを行うことと、キックオフを選択することとはイコールではない。本当にキックオフそのものだけを選択したのであれば敗退行為に等しいタダのアホな珍プレーである。

また、ルールを確認する作業中にこのようなコラムも発見した。GAORAでのNFL実況に定評のある近藤祐司氏によるものである。

 ルールブックには、コイントスに勝利したチームは、
a)レシーブかキックを選ぶ
b)陣地を選ぶ
c)セカンドハーフにチョイスする
のどれか一つを選ばないといけないとなっているのだが、c)がルールブックに加えられたのは2008年からで、それまではレシーブするか、陣地を選ぶかの二者択一であった。

コイントスで勝負は決している!?[近藤 祐司]
http://www.nfljapan.com/column/62403.html

 

2008年当時のルールブックがどうだったかはともかく、少なくとも2015年のルールでは三択としてのcという選択肢は存在しない。明確に「The two privileges」とされている。地の文でdeferも可能であることが示唆されているが、その選択は一つ前の段階でのdeferするかしないかの二択の選択である。


当初私はなぜこのようなことが起きたか分からなかったので、事後に複数のソースに当たり、正確なコイントスのルールと、実運用上非合理的な選択肢が存在することによるコミュニケーション齟齬の可能性を知ることができた。

なおカズンズがニーダウンした理由は分からない。